ホーム > インタビュー > バックナンバー Vol.07

Café de EAS 中島章博さん

当団体の活動にご協力・ご支援くださり、ご活躍されている素敵なゲストとの対談コーナー。
毎回素敵な方をご紹介していきます。

指揮者 中島章博×EAS 代表斎藤砂絵

今回のゲストは、音楽の都ザルツブルクの名門 モーツァルテウム音楽大学の指揮科にて研鑽を積む一方、日本で若く優秀な音楽家を紹介するという新しいビジョンのもと自らのオーケストラIris Philharmonic Orchestraを率い活動する指揮者の中島章博さんです。
短い帰国期間に合わせて開かれる大ホールのコンサートを控え忙しく奮闘するも、とにかく爽やかな笑顔を振りまく中島さん。
バイタリティーに溢れエネルギッシュな若き指揮者に音楽の展望を熱く語って頂きました。

リアル版「のだめ」千秋先輩?! オーケストラをつくる

斎藤:今日はお会いするのを楽しみにしていました。
日本では「のだめカンタービレ」という音大生の学生生活を描いた漫画がドラマ化されるほど人気を博していましたが、若くして自らオーケストラ(以下、オケ)を作るという中島さんは、まさに「のだめ」のストーリーそのもの。あまり見ていなかったものの、主人公の相手役玉木宏さん演ずる“千秋先輩”をイメージしておりました。
自宅に来る私の生徒さんは「のだめ」から刺激を受けたり、オーケストラに興味を持ったりした方もちらほら。少しはクラシックファン、オーケストラファンが増えたのでは…?と感じているこの頃ですが、それでも若者のクラシック音楽ファンはまだ一部。そんな中、なぜ自分のオケを作りたいと思われたのでしょう?
まずは中島さんが作られたオケについてお話頂けますか?
中島:はい、そうですね。クラシックが一部の人のものとなっているのがやはり日本の現状。もちろんクラシック好きな人もたくさんいますし、それはすばらしいことなのですが、例えばJ-POPを聴いてる人と比べると非常に少ない。
そもそも、クラシックはちゃんと座って聞かなきゃいけないものではないし、音楽なんだから難しいことなんてない。でもクラシック=モーツァルトやブラームスとすると、ヨーロッパの一部の国のように文化が染み込んでいて小さい頃から聞いているなら別だけど、やはり特に日本人には入り込みにくいですよね。だって巷で皆が聞いている音楽とそれとはあまりにも違いすぎますから、それは当然と言えるでしょう。
モーツァルトを昔から慣れ親しんでいるポップスのように楽しめる人はクラシックを楽しめるけど、皆が皆そうではない。もちろんクラシックって一言で言っても非常に幅広くて一概にこうって言えないんですが、とりあえずそれはおいといてね。だから僕はクラシックじゃなくてもいいんだけど、オーケストラの迫力を間近に感じてもらい、クラシックでもそれ以外でも、とにかく曲の魅力を引き出して、皆さんに楽しんでもらいたいんです。
オケの凄い迫力や響きから何かを感じて欲しいし、ニュートラルに聞いてもらいたい。音楽の持つ力をオケが迫力の表現することによって「明日も頑張ろう!」っていう気になってくれたら嬉しいし、だからこそ気軽に聞ける環境をつくりたくて。
それと、日本にはまだ名前があまり知られていないけれども、非常に優秀な音楽家はたくさんいるんです。今回のオケは、そういう人を皆さんに紹介したいなと思ったのもきっかけです。
斎藤:なるほど。確かに私もオケを聴いた後は、曲がどうこうでなく、オケの迫力や響きによってリフレッシュできて、不思議と元気になり意欲が湧いてくることが多いですね。あの迫力を生で味わった後の余韻に浸る時もまたいい!だからまたホールに足を運んでしまう。これは皆さんもご経験があるでしょう。
団員の方はいかがですか?
中島:最初はなかなか集まらなかったのですが、今は60名近く在籍していますね。
斎藤:60人!個性溢れるたくさんの演奏家を束ねるのはさぞ大変でしょう?
ところで、沢山の楽器を束ねる訳ですから色々な楽器のことが分かっていないと難しいですよね?きっと何か楽器をされていて、いつからか演奏家ではなく指揮者になられる道を歩まれたのでは?とお察ししますが、ご経歴を拝見すると所謂音楽学校のご出身でないので、どのように音楽家の道を歩まれたのか、ご自身の音楽教育や指揮者になるきっかけ等をお聞かせください。

4歳からの音楽教育

中島:僕は4~5歳の頃から、ヤマハのグループレッスンに楽しく通っていました。歌い、遊びながらソルフェージュの基礎(楽譜を読むことを中心とした基礎訓練)を学ぶ訳ですが、実はその頃から自分で曲を作って鼻歌で歌ってみたり、レッスンの中で譜面を書いたり、発表会に作曲した曲を弾いたりしていました。初めて自作曲を楽譜に書いたのは小学校2年生の時。勿論子供の作品ですから8小節程で「作曲」なんてものではありませんけどね。ピアノはあまり弾けなかったけど、音楽を体で表現するのが好きだったな。
斎藤:ではその頃からすでに指揮者の道へのスタートを切っていたんですね!小さい頃から自然と始まっていて作曲や指揮の道に進まれたのは本当に自然な流れという訳ですね。

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