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Café de EAS 山内梓さん

来日

杉山:とても流暢な日本語ですが、どのように習得なさったのですか?
ガルシア:来日当初は舞踊家・小松原庸子さんの舞踊団にいて、その間、日本語学校に通わせてもらいました。フラメンコのライブは夜なので朝から夕方まで学校に行き、授業が終わってから渋谷の道玄坂にあったタブラオで踊る日々でした。
杉山:小松原庸子さんとの出会は?
ガルシア:彼女がセビージャで開催した公演のオーディションに参加したのがきっかけです。それに合格し、マドリッドとバルセロナで各公演に出演した後に「日本に来ないか」と誘われました。
杉山:小松原庸子さんといえば日本でも大変有名な方ですが、一緒にお仕事をされた思い出やどのような存在でいらっしゃるのかなどお話いただけますか。
ガルシア:彼女のもとには16~21歳までいました。私にとっては社長という存在。とても強い人だと思います。彼女からは、たくさんのチャンスをもらいました。また、小松原庸子さんのもとには私の憧れるプロのスペイン人ダンサーが沢山集まってきていました。ですから傍にいて魅力的な仕事が一緒に出来たことにとても感謝しています。

カルチャーショック

杉山:オーディションでスカウトされて16歳で来日とのことですが、日本に来て驚いたことはありますか?
ガルシア:驚いたことばかりでした!はじめに驚いたのは、空気。空港から出てきたときに湿気の多さにはびっくりしました。
杉山:地中海のカラッとした気候で過ごされていたことを思うと、さぞかしジメジメを体感されたでしょうね(笑)。
ガルシア:それから暫くは驚きの毎日でした。車線が左右逆だったり、日本人はみんな着物を着て生活していると思っていたのにそうでもなかったり。笑っている人が少ない事も衝撃的でした。何もかも自分の文化と違う。言語、遠慮、友達との付合い方、挨拶や謝るシチュエーションまで、全てが違いました。食事もはじめはまったく口に合わず、最初はお好み焼きと餃子、ハンバーガーしか食べられなかったですね。今は納豆や梅干し、お寿司も大好きです。妻からは「日本人より日本人らしい」と最近よく言われます。馴染めるようになったのは、やはり日本の文化を理解しようと努力をしたことが大きいですね。

指導者として

杉山:さて、フラメンコ教室についてですが、どのように進めていらっしゃるのですか。
ガルシア:踊りは勿論ですが、カスタネットやリズムのクラスもやっています。また、スペイン語やスペインの文化の話をレッスン中にすることもあります。みんなが興味を持ってくれるようにいつも心掛けています。
杉山:お話を聞くだけでもレッスンの楽しさが伝わります。日本人といえば、小刻みなリズムの踊りにあまり慣れていないところがありますが、日本人のリズム感についてはいかがですか?
ガルシア:年齢によって全く違いますよ。今の10代以下の人はとても柔軟です。洋楽が増えていること、またいろいろな音楽に触れる機会にも恵まれているからでしょうか。私のクラスにいる14歳の生徒はたった4年間で雰囲気・表現力にも優れ、リズム感もあって本当に素晴らしいです。18歳の生徒は、スペイン人と比べても見劣りしません。踊り慣れているかどうかではなく、また人種の違いでもなく、幼い頃から触れることが大切ですね。だから小さいうちに舞踊を習うことの価値を、多くの人に知ってもらいたいです。
杉山:子供は何歳からレッスンに入れるのでしょうか。
ガルシア:私の教室では6歳からです。
杉山:子供は覚えるのが早い反面、難しい点が多いのではないでしょうか。
ガルシア:そうですね。大人の3倍の速さで覚えるので本当に驚きます。しかし同時にいろいろな配慮が必要です。例えば子供に注意をする場合、その子のご両親が注意しているポイントと、私が注意したいポイントが違うかもしれませんから。
杉山:子供のレッスンでは、子供だけでなく親とのコミュニケーションもとても大事になってきますね。
では、ご自身厳しい練習を積まれている中で、抱えた問題は何かありましたか。
ガルシア:実は、ライブが終わる度に悩むんです。お客さんに喜んでもらうことが一番の目的なので、来てくれた人の喜ぶ顔を見ると、次にどうすればもっと喜んでもらえるか、常に考えています。
杉山:次に見せるパフォーマンス、そのプレッシャーとの闘いということですね。
ガルシア:そうですね。細かいことを言えば、体調の管理や怪我など辛いことは沢山ありますが、やはり表現する者として次はもっとこれを見せよう、という思いが毎回の課題です。

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